|
寶永元年12月26日に直邦が従四位下に叙任されて江戸城に御礼に行くとき、これに供奉して西之丸白書院で綱吉に謁した。その翌月直邦は下館城を拝領し、綱吉の側近として傍を離れることができない直邦は、光照を城代として任命し下館に派遣した。光照は嫡子の光治を伴って下館へ行き、正コ2年1月14日に下館城で病死した。訃報を知った直邦は白銀10枚を香典として森家に遣わし、実家の父長俊からは白銀10枚が届けられた。
遺骸は江戸に運ばれて深川の法苑山淨心寺に葬むられた。浄心寺は四代将軍家綱の乳母小堀氏が創建した日蓮宗寺院で、身延山からの御開帳が度々行われるなど、当時100,000石の格式を持つ大寺院であった。先には祖父森大内記長継の正室(祖母と称するべきであるが、父長俊の生母は側室の湯浅氏であるので)が葬られている。
以後、この浄心寺が江戸における久留里森家の菩提寺となった。
(森勇己)
出典:森氏家譜他 |