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森俊韶墓所
池上本行寺 |
俊韶は幼名を勝五郎といい、寛延三年乃井野で生まれた。
明和9年将軍家治に拝謁し、安永2年に従五位下對馬守に叙された。翌年の5月に父俊春が隠居したため、家督を継いだ。
安永5年8月、乃井野にて長男勝次郎が生まれたが、2歳で夭折し、高蔵寺に葬られた。さらに寛政2年10月には江戸で第2子の達五郎が生まれたが、寛政4年に早世し、妹の曾代を養女として届け出て、広島藩主浅野重晟の二男、木工之丞を婿養子に迎えて隠居した。隠居後、同じく對馬守を名乗っていた安藤對馬守が老中になったため、これに遠慮して河内守と改めた。隠居すること4年の寛政9年2月、父俊春に先立って没した。
| 別名・官職 |
勝五郎・河内守
従五位下對馬守 |
| 生年 |
寛延3年7月13日 |
| 父 |
三日月藩主 森俊春 |
| 母 |
新見藩主関長廣の息女 類 |
| 没年月日 |
寛政9年2月4日 48歳 |
| 法名 |
俊韶院殿勇道日義大居士 |
| 葬地 |
江戸池上本行寺 |
| 室 |
(正)阿部正敏の息女 |
| 嫡子 |
勝次郎 達五郎 快温(俊春息女・曾代の婿養子) |
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