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森俊春墓所
池上本行寺
俊春は幼名を勝五郎といい、享保11年三日月藩主森長記の五男として生まれる。
享保21年4月、兄の可敦が病気のため嫡子となり、将軍吉宗に拝謁した。元文4年6月、父の隠居で家督を継ぎ、十二月従五位下對馬守に叙された。
延享2年4月、播州で1万石余、作州で4万石余、合計5万4430石の預地を受けた。預地とは天領である幕府領の管理を任されていたもので、これを預かっている期間は自分の家の領地と同様に扱われた。つまり、三日月藩は7万石弱の家格と領地を支配することとなった。
また、家臣深沢君山に命じて祖先の逸話を集めた「森氏雑話」を編纂させるなど、教養にも深い関心があった。
三日月藩を統治すること35年の安永三年五月、家督を嫡子の俊韶に譲って隠居した。隠居後には安芸守や佐渡守と改め、文化3年6月江戸で没した。

別名・官職 勝五郎・佐渡守・安芸守
従五位下對馬守
生年 享保11年2月5日
三日月藩主 森長記 
井波氏息女 重 
没年月日 文化3年6月4日
法名 俊晴院殿智道日覚大居士
葬地 江戸池上本行寺
(正)新見藩主関長廣の息女 類 (従姉妹)
嫡子 俊韶  曾代(快温の室)