 |

森長義墓所
池上本行寺 |
長義は幼名を芝二郎といい、新見藩主関長誠の二男として天明7年江戸で生まれた。貞和元年15歳の時に森快温の仮養子となり、10月には急養子となって目黒の三日月藩邸に引き移った。12月、家督相続が認められると、正式に将軍家斉に拝謁し、従五位下河内守に任ぜられた。
しかし文化5年8月、22歳の時に赤穂藩主森忠賛の5男猪松を養子に願い出て、翌年には猪松に家督を譲って僅か23歳で隠居した。
伯耆守、伊予守と改め、天保8年8月20日に江戸で没した。
| 別名・官職 |
芝二郎・伯耆守・伊予守
従五位下河内守 |
| 生年 |
天明7年8月20日 |
| 父 |
新見藩主関長誠(実父)
森快温(養父) |
| 母 |
|
| 没年月日 |
天保八年8月20日 51歳 |
| 法名 |
長義院殿■鶴日娯大居士
■=てへん+妻 |
| 葬地 |
江戸池上本行寺 |
| 室 |
(正) |
| 嫡子 |
長篤 (赤穂藩主森忠賛の5男) 長国 長道 |
|
|